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CONCEPT おやじの想い

ミートパイとの出会い

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はじめまして、Rio Pies代表の上月晋吾(こうづき しんご)です。
優しい透明感のある空気に包まれたニューージーランド、そしてオーストラリアにはパワーがみなぎっています。ユーモアにあふれ、どこまでも気さくで明るい人々。ゆったりと流れる時間。そんな2つの国が私は大好きです。ニュージーランド・オーストラリアの在住経験で、私の心と体には何かがしみこみました。ミートパイとの出会いは、もちろんニュージーランド・オーストラリアへ行ってからのことです。日本でヨットを造る仕事に携わっていた関連で、向こうでもヨットの造船所で働くことになりました。

ヨットレースの最高峰アメリカズ・カップ。

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オーストラリア・ニュージーランドはどちらもカップを手にしたことのあるヨット王国です。それを支えた一つに、カーボン繊維・アラミド繊維(ケブラー)を使ったハイテクのレース艇を建造する世界でもトップレベルの技術がありました。そんな中で仕事できたことは、ボートビルダーとして貴重な体験であり、私の財産となっています。手を使って物をコツコツと作る仕事にこだわる性分は、今尚ミートパイ作りとして続いています。ミートパイは、たまに職場で食べるランチとして、ただお腹を満たすだけのものでした。特別、口に合わないわけでもなく、安くて簡単に手に入る都合の良い食べ物です。ですから、ハマッテしまうというところまではいきませんでした。

 揚げたてのボリュームたっぷりのフィッシュ&チップスにも随分お世話になったものです。そして、ミートパイが日本のおにぎり、アメリカのハンバーガーような国民食であるという存在を知りました。ミートパイに日増しに取り付かれるようになったのは、日本に帰って来てからのことです。突然、ふと「ミートパイ食べたいな~」と頭をよぎりますが、そう思った瞬間と同時にミートパイのことは頭の中から消えています。そんなことが10年近くも幾度となく繰り返しました。焼きたてパンのお店に入るなり無意識の内にミートパイを探していたこともありました。残念ながら定番としてミートパイをおいてあるパン屋さんはありません。パイと言えば、アップルパイをはじめとするスイーツ系のものばかりです。

 

帰国、そして・・・・

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あったとしても、いわゆるミートソース(トマトベースの味)系の具を詰めたもで、形も三角・四角がほとんどでした。それがいわゆる日本人にとって のミートパイのイメージなんだと思います。ミートパイを思い浮かべる度に「あのボリュームたっぷりのUFO型のミートパイは向こうの食べ物で、日本にはな い食べ物なんだから」とそれなりに納得していましたが、時間と共に疑問に変わっていきました。「なぜ、ミートパイが日本にはないんだろう?」疑問というより不思議で仕方ありません。世界中から何でもかき集めてしまう豊食の日本なのにミートパイが無いなんて。

今のように、疑問があればネットでちゃちゃっと調べるような事はなかったですから、思い出す度いつも何かが引っかかったような、すっきりしない気分でいたものです。よくある話ですが、「ないんだったら自分で作ってしまえ」全てはここからはじまりました。もちろんミートパイを作る知識もなければ技術もあるわけがありません。あるのは、熱い情熱だけです。いきなりミートパイ屋というわけには行きません。これも無謀といえば無謀ですが、勢いで焼き立てパンのお店をはじめました。現実は朝早くから夜遅くまで日々の忙しさでミートパイどころではなく、試行錯誤を重ねようやく店に出せるようになるまで3年ぐらい掛かりました。当初から焼き立てを食べてもらいたいという強い思いがありましたから、パン屋と並行して車で焼きたての移動販売もはじめました。

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その後、初めの志であるミートパイの専門店を目指すためにパン屋はやめました。これが、東京・大阪を出し抜いて日本で初めてオーストラリアン・ミートパイの専門店が誕生した瞬間かもしれません。もちろん、今までに私以外にもミートパイ屋にチャレンジされた方がいらっしゃるかもしれません。もし、いらっしゃるにしても志半ばで挫折という結末ではなかったでしょうか。私自身が痛切に感じているところですが、知られていない食べ物を売るということは想像以上に大変なことです。

スタートとこれまで

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ゼロからのスタートでしたが、知られていないものという意味を含めると気分的にはマイナスからのスタートでした。先ず、その食べ物がどういうものなのか説明して分かっていただく必要があります。一般的に、ミートパイ自体が認知されていない食べ物ですから「オーストラリアのミートパイ知ってる?」なんて聞いても質問の意味さえも分かってもらえません。宗教ではありませんがミートパイを日本に広めていくことを私は、布教活動と呼んでいます。そして、これからもミートパイの布教活動は果てしなく続きそうです。

私達の身の周りは、海外から入ってきた文化であふれています。当たり前すぎて改めて「そうだな~」と思うものばかりです。車だってそうですし、食べ物にしても数え切れないほどあります。こうして海外から入ってきた文化が日本に根付いた背景にはただ単に、輸入したものを販売したからではありません。
それを先人達が素晴らしいものだと認め、熱い思いで作り続けたからこそ根付くものとなったわけです。私は、ここ滋賀の片田舎がミートパイ発祥の地となり、日本の新しい食文化の歴史の1ページとなっていつかはハンバーガー、ピザのように誰もが知っている食べ物になることを夢見ています。そして、ささやかですがミートパイを通じてオーストラリア・ニュージーランドとの草の根交流ができれば幸いです。

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